コモン・センス

第29回

作者の分からない物語や曲や詩や。そういう類いの作品が好きだ。そうやって歴史に残った作品は誰かが作ったのでは無く、自然に出来たのだろうか?

作品完成のきっかけを「降りてきた」という時がある。元々アイデアは目に見えないどこかにあったのだけれど、それを不意に掴んだ、というニュアンス。それ系の音楽で最近よく聴いているのが、テトリスのテーマ曲で御馴染みの「コロベイニキ」。ロシアの民謡みたいな位置付けらしい。

誰の意図も介入していない、ただただ形として在るだけの曲が作りたい。実際には意図が入っているんだろうけど、理想として持っている思い。その思いは絶対叶わないかもしれないという事が逆に情熱や喜びになる。命題とかそういう感じの言い回しになるのかも。

僕の好きなTwitterアカウントにマイルス・デイビスのBotがある。1番好きなつぶやきは「メロディーなんて全部数えても12種類くらいしかないんだ」、名言だと思う。人に先祖がいてそのまた先祖がいて、という感じで溯ると一人の男と一人の女に行き着く伝説のように、メロディーも溯ると12種類「くらい」しかないのかもしれない!と強く思ってしまう。だから、誰かに向けて降っていったアイデアは実は当時、團伊玖磨氏に降りたアイデアの娘かもしれないし、ブラームスに降りたものの親戚かもしれない。

そのアイデアはもう世の中で形になってしまっているから、つまらない、古いなんて事は無い

いと思う。そもそも同じものだったと思うから、次々に似たようなものは出るでしょう?

そういう意味で誰も入っていないアイデアというのは神様的な唯一無二の存在として絶対に手の届かない素晴らしいものだと思う。生き続けても絶対出会えず、死ぬ時に出会えたら素敵。

個人的にマイルス・デイビスはBitches Brewが1番好きだ。


最後まで読んで頂きありがとうございました。