コモン・センス

第20回

以前より曲を作るペースが速くなった。良いことだと思っている。それはなぜだろう?と考えたら、考え方の変化だ、となった。

以前は曲作りをどこか神聖な行いだと考えていた。理由は思いつかない。ただ漠然とそう思っていた。だから曲を作る時は孤立した状態になりたかった。自分一人で音楽と向かい合い、作曲を通して神様に頭を下げる、そんな風にどこか宗教的な思い込みをしていた。

大学生だったころ軽音楽部に所属していて色んなバンドをやった。一回のライブをするために集まったコピーバンドもあれば、ある程度継続した活動を目的として組んだバンドもある。部員の誰もが似たり寄ったり、そんな風な活動をしていた。時々その中でコピーではなく、自作自演を目的としたバンドが結成される。それは自他共にとって特別感のあるバンドになる。ほとんどの場合長いスパンで見た活動をしていくので、ライブへの出演回数も多くなる。そうすると、毎回同じ曲をやっていても面白くないから新曲をぞれぞれのペースで作っていく。新曲の原案の出し方もある程度パターンがあると思うけど、まぁほとんどの場合ギタリストかボーカリストが作っていると思う。僕もそういうポジションだから別のバンドのコンポーザー達がどんな風にアイデアを出し、バンドメンバーに提案するのか気にしていた。

軽音楽部には機材倉庫がある。入って正面にごく普通の飾り気の無いサッシがある。両脇には個人持ちのアンプやライブ用のスピーカーが置いてあって、それが庫内の8割近くを占領している。残り2割に人が入れても、まぁ3、4人でしょう、という広さ。

時々その倉庫で作曲をしている人がいた。僕はそれを無言で軽蔑していた。いつ誰が入ってきて中断する可能性がある倉庫で作曲するとは何事だ、と少し怒ってもいた。その時の僕には、自分の部屋以外で作曲するなんて考えられなかった。作曲は一人でするものだと考えていた。

そんな思いが徐々に薄れてきた。そうすると作曲は神聖なものではなくなって一作業になった。余計な考えで頭がいっぱいになることが減り、出来上がった作品についていちいち考えなくなった。人それぞれで勝手に音楽を作れば良い、と。

そんな風に思えてくると以前軽蔑をしていた事がどうでもよくなった。何をそんな真剣に軽蔑していたのだろう?と、以前軽蔑した相手を具体的に頭に浮かべて申し訳なかったと謝った。

個人的な表現をするのは難しいなと思う。簡単だと思って素直に自分を出しているようで、実は自分の理想像を出していたりするし、個人的な表現を固有なものにし得るのは自分しかいないのに歩いている道が少しずれても意外と気づかず進んでしまい、結局自分以外のもの、自分が憧れているものに吸収されてしまったりする。

ぶれずに進むにはあまり考えすぎないことかなぁ、と最近は鼻をほじっている。