コモン・センス

第11回

 ・中島ノブユキ - その一歩を踏み出す (Piano Solo Ver.)

僕は中島さんの音楽に和を感じます。音楽を聴いたときに何かを感じることはほとんどの人にある体験だと思います。では、例えば「音楽に和を感じる」という体験の「和」はどんなものでしょうか?あたり前ですが、同じ言葉が出てきたとしてもその中身は千差万別でしょう。言葉には正しい用法と間違った用法があります。が、音楽を聴いたとき、何かに感動したとき、などなどに浮かぶ言葉というのはいつでも固有の意味を含むのではないでしょうか?言葉では100%表しきれない想いを自分に寄り添わせるために浮かべる言葉がこれにあたると思います。この曲で僕は和を感じました。その和というのは、まだ自分の生まれていない大正あたりの時代の日本の建築です。それは体験することが不可能です。ただ、映画や写真、歴史的資料などで疑似体験をしたことはあります。そんなふわふわとしたイメージの集まりが僕の大正時代をつくっています。その時代に日本で流れていた音楽とこの曲の聴こえ方はかなり違ったかもしれません。ただ僕の中では、模造された大正時代が鳴ります。

 

・初音ミク - 千本桜 (Piano Ballad Ver.)

 ほとんどテレビを見ない僕ですが、たまたまTOYOTAのAQUAのCMを見たときにこの曲(正確にはCM用にアレンジされた千本 桜)が流れていて気になったので調べてみました。原曲は初音ミクを使って作られた曲のようです。それをピアノソロにアレンジしたバージョンが YouTubeなんかにたくさん アップされているんですが、僕が気に入ったのはこれです。春もそろそろ終わりかけて夏に向かっている最中ですが、この曲を聴いた瞬間 気持ちが秋に突入してしまうようです。ノスタルジックという言葉が浮かんだので改めて「nostalgia」を調べてみました。一般的に「懐かしむこと」のような意味で認知されていると思いますが、「鬱」に近い意味もあるようです。五月といえば五月病があります。一過性の鬱です。なぜそうなったのかは自分でも分かりませんが、 この曲を聴いて膨らんだ妄想の落としどころは、「ノスタルジック」ニアリーイコール「鬱」ニアリーイコール「五月病」ニアリーイコー ル「五月」イコール 「今月」、というところにありました。

 

・高木正勝 - 約束

 この曲はシングルとして発売されていて、僕が初めて買った高木正勝さんの曲です。iTunesで買ったんですが、ジャンルをみると 「Soundtrack」となっています。何の映像に使われたのか、がこのビデオです。再生回数が既に300万回を超えています。凄いです。ピアノソロだからこそ、このシンプルな映像に見事なまでにはまっていると思います。僕は特に曲の冒頭部分が大好きです。何もなかったところに向けていっきに緑色の植物が育っていくような印象を受けます。そしてストーリーを背負った鍵盤の一音一音がその役割 を順番に果たしていく。同じメロディーが何回か繰り返されますが最初にそのフレーズを聴いたときと後半では聴こえ方が変わっていきます。このビデオが映像から作られたのか、曲から作られたのかはわかりませんが、映像に音をつけるという行為は、映像本来がもっていた 意味を視聴者に届ける道をつくるようなものかなと思いました。

 

・中島ノブユキ - 即興演奏 (2011.9.29開催 「pianona」より)

 キース・ジャレットの名盤「The Köln Concert」も映像でみるとこんな質感なんでしょうか?会場や機材は違ってもピアノから出てくる真っ白な音の一つ一つをゆっくり呼吸に合わせて出していく様でそんなことを感じました。ピアノという楽器は和音を奏でることができるし、左右の手で別々のパートを弾くこともできる。そのような特性上、独奏に非常に向いている楽器だと思います。そしてホーンのように息を使って音を出すわけでもないので、体力の続く限り半永久的に音を出し続けることができます。ただそれは反面ダラダラした演奏にもなりえることだと思います。この映像をみて、僕が一番 印象を受けたのは呼吸です。即興ということも関係あると思いますがやっぱり中島さんの呼吸に合わせてピアノから音が出ている。吸う音、吐く音、止める音、溜める音、すべてが綺麗に繋がって聴こえます。