self portrait

第10回 「From Russia with Love - From Japan with Love -」

皆様こんにちは。2013年も残すところあとわずかとなりましたが、今春から寄稿させて頂いている「郁文のススメ」での連載は、私にとって新たな挑戦であったのと同時に、文章化する事によって、普段振り返ることのない自分の過去を再確認する貴重な体験でもありました。改めて、依頼を下さった岡田真司氏、そして私の拙稿にお付き合いしていただいた皆様に感謝いたします。

 

1994年5月、ロシアで行われたサンボワールドカップ出場時の出来事や思いを数回にわたりお送りしましたが、その最終回にお届けするのは、地元に住む子ども達との忘れ難き思い出です。

 

ペレストロイカ以降、ロシアの学校では第一外国語に英語が加わるという変革により、とりわけ学生など若い人達とのコミュニケーションはとても捗りました。観戦に来る若者たちの中でリーダー的存在の若きサンビストは、いつも私のそばにいて、ロシア語から英語へ通訳をしてくれる、気付いてみるとまさにパートナーのようでした。

そんな彼の「日程の最終日を自分に預けてほしい」という思いを受け、ロシアの少年たちとともに過ごすノブゴロド州クストヴォ、最後の一日は始まりました。

無邪気な誘いに身も心も預けて、近くの公園でたくさんの遊具や世界共通(?)の「○×ゲーム」、ジョークを言い合うなど、時間を忘れて一緒に遊ぶ空間は「おとぎの国」へ舞い込んだかのようです。そしてその公園を囲っているわずか10~30cm程度の高さに積まれたレンガは、よく見ると城壁の様相を呈しており、遊びの中枢がクレムリン(城塞)という現実もまた「おとぎの国」の一部のようでした。

当時ロシアでも流行していた「ニンジャ・タートルズ」の影響で、漢字で「忍者」と書いて欲しいと、たくさんの子ども達に囲まれて何度も学習ノートに書きましたが、もしかして私も彼らにとっては「おとぎの国の人」だったのかもしれません。

 

クストヴォの町を巡り、森の中へハイキング。そして再び町に戻ると授業中の学校内へ無断で案内し、そのまま先生に説教されるなど、「ここで生きている僕たちの姿を全て見てほしい!」という思いは私にとって宝物となり、そして別れ際にお互いに流した涙は国境を越えた共通の「思い」でありました。

 

そして広い世界の何処かで、思い合っている「愛」が幾つもあると確信した新生ロシア連邦・・・クリスマスで24年を迎えます。