self portrait

第3回「From Russia with Love - レーニンが教えてくれた -」

皆様こんにちは。今回は時系列をすっ飛ばして、試合後に滞在したモスクワでのお話をお送りいたします。

 

私が出場したサンボ・ワールドカップ開催の地は、ソ連が崩壊してから3年にも満たないロシア連邦。

その半年前にはロシア最高会議ビル、別名「ホワイトハウス」が真っ黒になったというモスクワ騒乱事件が勃発。まだ民主主義国家の曙光を見るに至らないといった1994年の春でした。

 

ロシアに行く前には、未だ食料品購入の際に行列ができている、といった悲観的な噂話をよく耳にしましたが、まったくそういう光景は垣間見えず、街はとても活気に溢れていました。

「グム」という大きいショッピングモールは派手なイルミネーションはないものの、そのような装飾では醸し出すことができない気品に満ちています。そこを抜けると歴史の舞台、モスクワの中心「赤の広場」です。

 

「赤の広場」を日本語に訳すと「美しい広場」という意味であり、その名の通り芸術性高い建築物に囲まれた憩いの広場です・・・と言いたいところですが、そんな人々の平和的な賑わいをよそに、銃を片手に睨みをきかす衛兵達が、私達の気の緩みを許しません。

赤の広場に入ると一切の撮影は禁止です。その美しい光景を記憶の外に持ち出す許された僅かな手段は、公認カメラマンによるインスタントカメラでの記念撮影か、その背景を織り込んだ似顔絵くらいでしょうか。

 

その赤の広場の中では、中世ロシア建築の代表作「ワシーリー寺院」の美しさ、そして防腐処理されたウラジーミル・レーニンが眠る「レーニン廟」が、私に最も深いインパクトを与えました。

 

ワシーリー寺院を造らせた雷帝イワン。その美しさのあまり、二度と同じものを造らせないため、設計者の目をくり抜いたという逸話を生んだ大聖堂に、時を忘れて立ちすくんでいたその時!条件反射なのか!フランス人観光客が一瞬の隙をつきカメラを取り出しパチリッ。瞬時の早業でバッグに隠し、何事もなかったかのように歩みを進める女性・・・そして後ろから忍び寄るコマンドサンビストの影・・・背後から女性の腕を完全にロック!カメラを奪い、中からフィルムを引っ張り出し、無言で立ち去る二人の衛兵・・・。

私のほうは、パーティーの後のクラッカーと化したフィルムの残骸を横目に見ながら、無事に記念撮影終了。精彩を十二分に劣化させて、躊躇なしにお見舞いしてくれるインスタントカメラの存在に、畏敬の念を感じるのでありました。

 

レーニン廟では、1時間毎に行う衛兵の交代は前年で廃止になったものの、まだその警護に緊迫感を感じます。金属探知機でのボディチェックを終えて、いよいよレーニンとの初顔合わせ・・・歴史上の人物を目の前に、若干21歳の私から投げかける言葉は何も見つかりません。

レーニン廟を通り抜けて再会した青空は、数分前のものとはちょっと違う・・・今後の自分に課していかなければならない数々の「宿題」が生まれ、それはまさに学校では得ることのできない「教養」への憧れに繋がり、今他人に求められて原稿を書いている「現在」に継続されています。

改めて、寄稿依頼をしていただいた岡田真司氏に感謝!

そして、読んで頂いている皆様に感謝!